文教大学広報マーケティング室の広報プランナーが毎回、キャンパスの研究室等を訪ね、そこの教職員の専門分野や研究テーマを伺いながら、その方の人柄を中心に紹介します。またその名の通り物々交換もします。


by bunkyo_warashibe
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広報マーケティング室の「わらしべ広報プランナー」が各キャンパスの研究室等を訪ね、そこの教職員を紹介するシリーズの、記念すべき第1回はこの人です。

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椎野 信雄 教授
(しいの のぶお)


【所属】国際学部 国際観光学科

【専門領域】社会学


◎専門領域は、社会学。

「社会学は学問としてまだまだ体系化されていない。他の学問領域に比べて市民権も確立していない。だからこそ、社会学は面白い」と話す椎野教授。世間の全体で起こっていること自体が社会であり、これについて勉強、研究、学問をするのが社会学なんだそうだ。

唐突に専門領域をお聞きすると、言葉は心地よい音楽のように潤沢にあふれ出てきた。教授の独特な声質のせいかもしれない。

さらに言葉は続き、「社会学の対象は“近代社会”であって、歴史的には前近代とは違う“近代”という意識が出てきた人が作った世の中である。そこから近代社会を考えてみようという学問が生まれた。それが実は社会学である」とリズムを刻む。

教授の言葉を借りると、近代社会にならないと、社会学は成立しないのだそうだ。だから、日本においては、近代化されていなかった明治まで、社会学は発達していなかったのである。それがやっと戦後になって、少しずつ社会という側面が増えてきたので、社会学も市民権を得てきて、大学においても社会学が設定され、学問として認められてきたのである。

「たいへん広い領域ですね」と話すと、「中学生レベルで説明すると、とりあえず社会科という科目の延長線上で考えてもらえばいいかなと思う」と優しく答えてくれた。


c0223443_17331517.jpg◎最近の研究テーマは?

教授の最近の研究について聞いてみた。

「社会学は何でもできるので、いろいろなことをやっている」とのこと。

seeing sociologically
(社会学的に見る)


特に、「見るということ」を社会学しよう、ということを研究しているそうだ。

「目の前に見る対象があって、それを自分が知覚して見ている。でも、本当にそうなのだろうか。それを考え始めたのが社会学である」と、ここでも力説された。

c0223443_17412210.jpg話が進み、こんなものを見せてくれた。
大学の授業で習った懐かしい絵である。
・心理学でよく用いられる“ダブルイメージ”
 →お婆さんに見えたり、女性に見えたり。
 
【出典】「図説 アイ・トリック―遊びの百科全書」  カマル社(2001)
種村 季弘 , 高柳 篤 , 赤瀬川 原平 (著)
PP4-5


教授はこの絵を説明しながら、「社会学では、見るということは、客観的に物があって、それを自分が見ているということではなくて、もっと別な要因、つまり、そこに社会的なものが入っているのではないかと考える」と教えてくれた。

このほかにも、白黒のぐるぐる螺旋の図で、見た目は何でもないのに、凝視するとぐるぐる回ってくるもの。物理的には動いていないのに、無意識のうちに動いて見えるものなどを紹介してくれた。
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極めつけがこのステレオグラム。目の使い方をちょっと変えられるかということが肝心なのだが、文字が浮かび上がってくるシロモノである。このブログのために、≪わらしべ広報プランナー≫が制作した「わら」の文字が見えるだろうか。

教授によると、「これらから言えるのは、人間は物に対して固定観念があって、ある見方をしているので、そう見えてしまうということが分かる。これは近代社会の物の見方であって、一つの物の見方を当然だ、当たり前だと思い込んでいる。言い換えれば、それは近代的な物の見方をするからそう見える」ということだそうだ。

さらに、「例えば、近代は物の見方を遠近法で見るということを非常に普遍化してしまった時代である。近代人になればなるほど、遠近法は当たり前のものの見方になってくる。客観的である。しかし、かつて日本でも絵画は遠近法で描かれていない時代があった。」と言葉を繋ぎ、
「我々はいかに近代的に物を見せられてしまっているのかということを、そのメカニズムを解明していきたいと考える。世の中には脱近代的な物の見方があることを考えてみたい。」と、
こういうことを「見ることの社会学(seeing sociologically)」でいろいろな形でやっていきたいと抱負を語った。

普段、何気なく使っている“近代化”という言葉の意味がよく分かった気がした。


c0223443_1751221.jpg◎お宝を拝見します!

教授のお宝を拝見させてもらった。

「私のお宝は、Tシャツ(unlearnのロゴの入ったもの)てす。
シカゴ大学の生協(購買部)で友人がお土産に買ってきてくれたものです。」


教授にこのモノの由来を伺うと、
「私の授業のキーワードは、”unlearn”ということ。
unlearn という発想は、un には learn という動詞をゼロにするという意味がある。
learn は学習するという意味だが、それをもとの状態に戻すということである。
もう一回、覚えたことをゼロに戻してあげる。
20世紀までの常識と21世紀これからの常識は必ずしも同じではない。
だから、これまで覚えたことをリセットして、もう一度新しいことを覚えなおすということが必要になってくる。
幸いなことに、人間は忘れることができる。もう一度、再編成することができるのである。
それが教育ではないかという教育観が私にはある。
そのキーワードが、unlearnということで、
日本では 鶴見俊輔氏 が提唱していて、私もその一人です。」
と、また言葉が心地よい音楽のように潤沢にあふれ出てきた。

シカゴ大学で、unlearn のTシャツがあったのは、これを提唱している日本人で歴史学者の酒井直樹(現コーネル大学人文学部教授)という人がシカゴ大学にいて、歴史をunlearnすることを提唱しているからだそうだ。


c0223443_17551773.jpg◎わらしべの交換

最後に、このブログのタイトルに由来する“わらしべ長者”のこどく、物々交換の儀式をした。

わらしべ広報プランナーである私からは、日常の趣味より、【将棋プロ棋士 深浦康市 王位「臥竜鳳雛」モデル扇子】を贈った。
「臥竜鳳雛」は、三国志からの出典で、それぞれ『臥竜=諸葛孔明、鳳雛=龐統士元』を意味している。

c0223443_17593065.jpg椎野教授からは、
話の続きで、「見ることの社会学」から、
人が動いて体操(転回運動)をしているように見える【見ることの社会学定規】を戴いた。

このほかにも研究室には自然と動いて見えるものでいっぱいだった。



  この定規が次回どんなものに化けるのか、請うご期待です。
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by bunkyo_warashibe | 2009-12-11 18:06 | 国際学部